帝釈寺でご住職から勝尾寺八天石蔵と外院庄のお話をしていただきました。
1月17日(日)、この日は第11回「みのお森の学校」(9/13~6/19全10回講座)のオプションとして「初詣と新年会」が行われました。
帝釈寺さんで初詣を行った後、ご住職の小西徹定さんから「箕面市の史跡と信仰~勝尾寺 牓示・八天石蔵と外院庄~」のお話をしていただきました。
「勝尾寺 牓示・八天石蔵」をご存知でしょうか?
牓示(ぼうじ)とは土地の境界標のことで、この牓示は、ふもとの村々との境界紛争が解決した鎌倉時代の寛喜二年(1230年)、勝尾寺が八ヶ所に設けたものです。
このとき、国から交付された文書には、「山地を内外に分け、八天の形像を埋めその上に石を畳んで壇とし、もって八天の石蔵と号す。用いて一寺の牓示となす也」とあります。
寺領の周囲八ヶ所に八天像を埋め、その上に石畳をつくった施設が寺領の境界標で、いろいろな障害を防ぐためでもあるそうです。
※下の写真は箕面市発行の「ふるさと箕面の文化財」のページです。
八天の名称と方位
※写真は、箕面の山パトロール隊がクリーンハイキング(2016.1.16トレラン)の際に写していただいた石蔵です。
【四天王】
持国天(じこくてん)/東
増長天(ぞうちょうてん)/南
広目天(こうもくてん)/西
多聞天(たもんてん)/北
【四明王】
降三世明王(ごうざんぜみょうおう)/東北
軍茶利明王(ぐんだりみょうおう)/東南
大威徳明王(だいいとくみょうおう)/南西
金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)/北西
あわせて、八天の石蔵と「仁王経マンダラ」の配置の共通性についてのお話もしていただきました。
マンダラとは、悟りの世界を表現したものですが、仁王経(にんのうぎょう)マンダラというものがあります。その形は、方形で三重の形をとっており、一番中(内院)には、不動明王という仏が座しており、第二院には、東西南北の四方に降三世明王を始めとする四明王が配置され、第三重にあたる外院には、四天王などが配置されています。
帝釈寺さんは、外院庄(粟生外院)にあり、山陽道(西国街道)から勝尾寺に登る旧参道の登山口にあります。
「勝尾寺 牓示・八天石蔵」の配置は、きちんとした経典を基に安置されたもの考えられ、八天石蔵の内を内院、外の山下を外院という名前の由来は、おそらく悟りの世界(浄土)を表現したマンダラという宗教世界観から来ていると考えられるのではないでしょうか。
みのお森の学校は「人と自然の入門講座」です。「森と人とのなが~いつながり」を感じさせられた貴重なひと時でした。